人は何か結論をもっていないと不安定になる。
結論は間違っててもいいからもつべき。何か論理的に考えて、自分なりに納得する必要がある。
んで、その結論よりもっと納得できるものに出会ったら乗り換えればいい。
何でもよく考えなくてはいけない。
最初から100%正しいことしか認めないというよりは、ある段階までの結論は持っていたい。
段階をえてより高い視点での結論を持っていきたい。
それで色々考えていけば、やっぱりより良いものとかより高い視点からの意見に出会う。どこまでいけるかな。
そういう意味で、最近は論壇系ブログにはまってます。
それらを幾つか見ていて思ったのは、日本はまだまだ左と右という思想的対立があるのかなと。
アメリカや欧州などの先進諸国では既に赤系の思想は人本主義に変わったというか戻ったというか。
それに対して日本は原型をとどめてます。
とにかくどちらかというと左は知的で何か求めるところがある人=熱心に活動する人がいるイメージもあったけど、左よりの思想って唯物論。
自分で自分をただの生きモノだと言って気分いいのかというと自分は気分良くない。
それを知ってか知らないでか知らないけどたぶん知ってるんだろうけど、そんなに盛り上がっちゃう原動力って何って思ったとき、共産圏の国って貧困で喘いでいたり何かしら社会とか制度に対して逆襲するというか恨みをもってるところが多いよう。そういうネガティブな情に共鳴して、感情的には怒ったときに出るパワーみたいなものの感もある。
んで、フェミニズムとか男女共同参画とか思想色が強くてちょっとそれやりすぎじゃない?と思われるものも同じスメルがする。
ゆきつくところは女性の社会進出を応援するというのはけっこうなんだけど、それよりはそれを超えて性差を無視することの快感とまで言われてる説もある。何が快感かは知らないけど。それが何をもたらすかは分からない。
そう捉えると赤系の国の共通言語は「力」と理屈と言われてるのは納得。
その赤系の主張とか理論も論壇系ブログだけでなくビジネスネタ系ブログとか雑感ブログで頻繁にネタにされているのを見ると必ずしも成り立っていないことがあるようだし、主張が先にありきでそれを論理武装してるのかな。
ともあれ、この人達って摩訶不思議と思ったわけです。
でそれでは右がいいかっていうとそれもどうか。その辺はあまりネタで見ない。つっこみ甲斐がないんでしょうか。理論武装してるようにも見えないし。
どっちかというと、右ネタでは宗教右翼がブッシュを支えたとか揶揄されてるように、米では右が優勢ということなのかな。
自分はあんまし思想に偏りたくないし何より関係ないものに巻き込まれたくないので、自分と関係ある部分においてのみちゃんとした結論をもっていきたい。
しかし右と左。
対立するネタがあるからこそ論壇ブログも盛り上がってるのだろうけどね。