« 2011年1月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年3月

2011/03/20

放射線対策の前にやるべき(自分がやっている)基礎的な対策


微量な放射性物質が体内に入り込んだ場合、身体はすぐにそれを体外に排泄できる力をつけておかなければならない。排泄力。

排泄力とは、毎日排便があるか、排便は便秘でも下痢でもなく健康的なものか、小便で血液毒を排泄できるか、汗をかけるか、など。

自分が一ヶ月と少しで体温が35度台から36度台に一度上昇したという結果がでた。体温が一度上がることでの免疫力上昇はミリオンセラーの書籍にも書いてあるとおり。

その取り組みで効果のあったものは基本的にはミネラル補給とハーブの利用により排泄力を上げることだったので言葉足らずながら紹介。

*この話は自分がデッドシースパビューティーで治療を受けながら自宅ケアの指導を実践した結果のことなので超個人的な記録です。

重金属が体内にあると身体が栄養不足なときに腸が擬似的なミネラル結合相手として重金属を選び蓄積させてしまう。

重金属がそのように身体に溜まった状態では、本来は天然のミネラルから吸収すべき栄養が重金属からは吸えず細胞に届かず欠乏した弱い状態に。

その悪循環を壊すには身体が重金属で擬似的に補おうとして失敗していた代わりに、天然で良質なミネラルを強力に補完してあげること。つまり、身体に高品質なミネラルを十分にINすること。これにより、より良いミネラルを身体が感知し、重金属から天然ミネラルに手を組み替え、手放された重金属が汗や尿や排便により自然と排泄されるようになる。

一般的な大手流通網で手に入る食材でつくる食事だけではもはや十分なミネラルは摂取できない。
早いのはサプリメントで補う方法。しかしサプリメントは質がピンキリであり、国内のサプリは化粧品会社が作り販売が簡単にできるほどに基準が甘くそれにも薬品が入っていたりするので、品質基準の厳しい欧米製のサプリがよい。

自分の場合は、カルシウムマグネシウムとビタミンCが欠乏しておりその単品プラスマルチビタミンを摂取始めた。カルマグを夜飲んで初日から夢見でうなされることがなくなり、夢を見ても軽くおとなしいものになった。

良質なミネラル摂取のもう一つの方法が身体の最大の解毒器官である、全身の皮膚を使うこと。
皮膚吸収により高濃度のミネラルを体内に吸収させる。タラソテラピーの一種の死海療法は強力に効いた。死海深層水はミネラルが高濃度で直接皮膚から細胞や骨組織にまで浸透したようで、強力すぎて二回入って二回とも数日身体が細胞活性化により熱を帯びて軽い風邪のような症状になった。短時間で身体の電解質のバランスが取れ、そのあと嘘みたいに体が軽くなり、朝の目覚めも仕事中の疲れもかなり軽減されすっきりした状態になってきている。ドライアイも改善され視力が上がった感じもある。

死海療法にはホームケア製品もあり、原液風呂と泥パックの治療を受けたあと、自宅で毎晩死海塩を溶かした風呂に20分以上浸かり、寝る前に全身に死海深層水原液と天然オイルのブレンドを塗ってから寝るのを一週間繰り返した。その結果35度台を行ったり来たりしていた体温が初めて36度台に上がった。体温が一度上がるには普通は治療始めて三ヶ月から半年はかかったとお店のスタッフさんは言っていたが、自分の場合は短期間で集中して治療行ったことともともと始めていた瞑想により身体の気が循環しやすい状態だったことにより一週間で変化がでたのではないかと思う。気の流れている場所に血液は流れるので。

また、排泄についてはハーブも多用した。以前の自分には排泄力がなかった。排便は2、3日に一度でうさぎの糞のように少量で硬く、ハーブ飲んで出そうとすると猛烈な下痢をしていた。下痢か便秘かを繰り返すのは、要は腸が働いていないということ。腸が働き出すと、身体への栄養摂取と解毒が行われ、免疫力が上がる。

腸の栄養摂取能力が低いのは、上に書いた通りの原因で、食べてもカロリーは多くなるが肝心のミネラル値が低い食品、農薬づけの野菜や肉、加工食品、シャンプーや身体に塗布する化粧品などに含まれる重金属が長年のうちに腸に蓄積されるというおまけ付きの現代の日本家庭の当たり前と化した日常生活や食卓事情に起因していると思う。

何はともあれ下痢をしてでも排泄しないよりはましなので、ハーブによる排便は三日に一度のペースで続けている。

ハーブの効能は主に排泄力促進。ハーブのミネラルは微量なので、ミネラル摂取はサプリや皮膚吸収のほうが適しているようだ。ハーブ利用用途は主に、腸の運動を促進して下剤のような働きをする解毒ハーブか、腎臓の働きを促進して尿で廃毒させるものを使っている。

体温を上げ免疫力を上げること、そのために今までの生活ではミネラルが足りなさすぎていること、が死海療法を受けてから身体の変化とともに実感したこと。
治療先からは体内の電解質バランスが取れた状態が必要とのお話も伺ったがそちらはまだ自分がロジックを理解してないので言及しないでおく。

これらの治療やロジックは国内のデッドシースパの老舗であるデッドシースパビューティーの高松さんから教えていただいた内容。

http://club-ee.com/spa-deadsea.com/

体調は個人差が大きく、人により治療方法も異なるのでまずはここに相談することはオススメ。
近いうちにスクールも開設されるとのこと。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011/03/19

自分なりのとりあえずこれがあれば数日は避難先でも快適に暮らせるかも、というグッズリスト

作ってみました。

必須アイテム
・手拭い  ーハンカチ、首回り防寒、応急処置にも、すぐ乾いて万能。
・スマートフォンと電源  ー災害時の情報源にtwitterは必須とわかった。記録やアート活動は主に写真とオンラインメモ利用。
・2ℓペットボトル  ー一日〜二日の最低限必要な飲み水確保に。
・マルチビタミン  ー一ヶ月分くらいのセットを。
・アロマオイル  ー集団で長時間いる時のストレス緩和。
・マスク  ー花粉や風邪感染予防のほか睡眠時の湿度確保に。
・ハブラシ、石鹸
・定期や財布類

あると便利
・防寒シート  ー地面からの冷え対策に。持ち歩きできる薄いのもあるらしい。
・死海深層水の原液  ーコンタクトレンズの保存、目の洗浄、うがい薬、虫刺され、など万能。
・ウエットティッシュ  ー風呂のない場所で。寝る前に足裏拭くと翌朝の疲れが違う。なければ手拭い濡らして。
・スイスアーミーナイフでスプーンとフォーク付いてるもの  ーキャンプ場で有用だった。

もっとも、自衛隊員の装備や、登山者の荷物セットにちなんだアレンジにしたら間違いはないと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/03/14

3月11日地震東京帰宅レポート

ログつけます。

3月11日14時過ぎ、大森から九段下で開催中のマーケフォーラムに向かっていた。大手町で地下鉄の東西線ホームで電車を待っていたところ大きな横揺れが発生。

しばらく横揺れが止まずどんどん大きくなった。エスカレーター近くにいた男性がuターンして二人、上に駆け上り始めたのを見て、自分もそれに続いて駆け上った。長いエスカレーターを駆け上りながら右に左に大きく揺さぶられ酔う感じ。キオスクの店員のおばちゃんも恐怖に声を上げてお店からでて走り出し、それが合図かのように次々と人が整然と長いエスカレーターを駆け上る。

上の地下フロアにでると、『落ち着いてください。負傷者など報告してください、地下鉄は安全です。』と落ち着いた声の駅員アナウンス。そのアナウンスに気を落ち着かせることができかなり助かった。

隣にいたリクルートスーツの女の子と話して、震源地や震度を教えてもらう。10分くらい佇んでいたが余震が続いた。その人と目的地が同じだったので地上にでてタクシーを拾い九段下駅に向かう。

皇居のお掘り沿いにタクシーで向かう途中、タクシー中でも分かる大きな揺れがあり道路が止まる。
やがて、ビルから続々とコートにヘルメットと防災リュックを持った会社員集団が外にでてきた。
その光景で一時的なものではないと判断。

九段下に着くと、消防車が何台が九段開館に向かい、何事かが起こっていると分かる。いつもは人のまばらな九段下の道路にビルから出てきた人の群れ。サイレンが鳴り火事が倒壊かが起きたようだった。

同伴の女の子は製薬会社の最終面接に来たらしく、まだ二時間あるとのこと、三時過ぎから寒くなり、一緒に地下鉄に入る。地下鉄では、『関東全域電車が止まっています、復旧には何時間かかるかわかりません』このアナウンスで、まずは自分が徒歩で八王子市の自宅に帰宅するのは不可能で、交通手段が復旧するのを待つしかないと判断し、電車以外の移動手段の確保ができるかさがす。まだバスがうごいていたが渋滞でストップがすぐ予想された。
女の子は人生かかっている約束の時間に行くとのことでそこで別れ、自分は電車復旧までの避難場所を東京駅地下にしようと思い東京駅に向かって歩き出す。

途中で家族と公衆電話で連絡とり、新宿にいた父は徒歩で中野の従姉妹の家に向かうとの情報。それで自分も東京駅をやめ、少しでも近くの新宿近くの行きつけの道場に歩こうと方向を変えた。

新宿通りをみんなで大行進、ヘルメット姿もチラホラ。談笑しながら整然と歩く人々。追い越しもあまりない。自分も地図を買い、みようと広げても全く自分の位置が地図で探せない、全く地図がよめないので思った以上に緊張and興奮してる自分に気づく。あきらめて人の流れに乗る。この人たちはどうするつもりなのか、このくそ寒い中夜どおし歩くつもりなのか。

新宿通りの小さなスーパーは明かりをつけ店を開け行進者の買い物に親切に対応してくれていた。コンビニも普通に営業、バイトの人は本当にえらい。

18時前、新宿小田急のホテル二件回ったが案の定満室、エレベーターも止まっている。比較的風をしのげる場所と電源を確保し、近くの公衆電話で家族と連絡とる。車でくるとのことで面倒に。こういうときは車は無理。自分一人のほうが小回りが効くと説得。

代々木の道場に電話し、ホテルロビーからそちらに移動、そこで暖房と横になれるスペースとテレビ情報を得てやっとTwitterで情報収集し始めた。

Twitter上ではフォローしている知り合いのジャーナリストやアルファブロガーが、次々と都内の帰宅困難者の受け入れ場所をツイートしたり被災した現地の連絡掲示板など拡散していた。その自発的な行動にかなり励まされ、自分も身の安全を確保した以上はそのツイートで重要と思われるものを少し時間かかりつつ編集して自分の属するメーリングリストで流し始めた。

道場では80人が収容されていた。比較的静かで穏やかだった。一人興奮をリリースできずに声高で身内話を話し出すお婆さんがいたが近くの男性が『お婆さん元気だね、それでどうなったの?』と話し相手を始めると騒いでいた人が収まり雰囲気が安定した。すばらしい人だ。夜通し余震で寝ることはできなかったが、時間に関係なく増えるツイート情報にとても鼓舞された。テレビでは真っ暗ななか町全体が炎上する衝撃的な映像ばかり流れたが、Twitterではそれよりも避難場所の提供情報など本当に急務に必要な情報だけがツイートされはじめ、ニーズにいち早く答えていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年1月 | トップページ | 2011年5月 »